死を生き続ける

死にゆく時、ありふれた当たり前の日常の夢を現実だと思いながら死んでいき、そのまま夢の世界を精神だけで生き続けるのが私の願いでもあります。そういった物語を読んだことがあり、そういった内容の物語はそんなに特別なものではありません。ありふれた物語です。ただ、物語ではたいがいは主人公は生き返るのですが、人は必ず死ぬのです。そうだとしたら、生き返らずにそのまま幸せな夢を見続けたいですよね。もしかしたら死とはそういうものなのかもしれません。そうではないとは誰にも否定はできないと思います。だから、私は心からそうであることを願っています。

 

以前、まだ母が元気で死の影などまったく見られない頃、私が病気で入院し、手術をしたことがあります。その時に母は毎日のように病院に通ってくれ、手術当日の夜も泊まり込んで世話をしてくれたことを今でも忘れません。母が死に間際に私も傍についていたのですが、その時も母の口には酸素吸入がかぶさっており、そういえば、私も術後一晩中酸素吸入をつけていましたが、それがどうしても邪魔で私が払いのけるので、母はその都度器具を付け直してくれていたなあと思い出しました。こんなにふうに母はあの時、私についてくれていたんです。私も確かに術後の痛みに意識は朦朧としていましたが、死にゆく母もまた意識は朦朧としていました。この時、何か夢を見ていてくれたらいい、とても幸せな夢を見ていて欲しいと強く願いつつ、母の顔を死ぬまで見続けました。不思議と涙は出ませんでした。母は生前に韓流ドラマが好きでよく見ていましたから、お気に入りの俳優が出てくる夢でも見ていたらいいのではないかと思ったものです。今現在もそんな幸せな夢を見続けて死を生き続けてくれていたらと心からそう思います。